生きているだけでいい。   大丈夫。

大好きだった父との時間をこれからもっと取り戻すはずだったのに、突然訪れた別れ。いつか、私の人生もなんとかなったよ、と空に向かって乾杯したい。その日まで続けたいブログです。

それがみんなのためになる

ずいぶん前だけれど体調をくずしてしばらく
外出もできなかった時、そのことをわずかな人に打ち明けた。


今でもたまに会う友だちは、子どもの幼稚園のお迎えをしてくれた。

でも、うちの子が嫌がるから今日しかできない、ごめんね、とちゃんと言ってくれた。


いつも仲良くしてくれていた別の人は、一度親子で食べ物を持って来てくれた。


私なら子どもがいて大変でも、しょっちゅう気に掛けて何かしてあげる。
子どももわかってくれるはず。

冷たいなぁ。仲いいと思ってたのに。

そんなふうに感じて悲しかった。


でも今は、友だちが正解だったと思っている。


まだうちの子は理解できない、と判断すれば助けなくていい。

他に何か方法がないか一緒に考えてあげたらもっといい。



子どもにとって、お母さんは自分のことが一番好き、でなければいけない。


私はそれが全然できていなかった。


わが子を最優先できない母は、なぜできないのか、少し自分のことを振り返ってみてもいいのかなと思う。


しんどくて何が大切かわからなくなっていないか。

今までの人生で自分自身のことを大事に思えてきたか。


わが子をまずは優先。
それは後々効いてくる。


母に最優先された子どもは、母がもう助けてあげられない年齢になっても、自分は大切な存在だという自信があり、それが大きな力になる。


もっと大人になって大変なことがあっても、優しい声を思い出して、自分は大丈夫だと思える。


そして、そんな経過をたどれなかった人を、きっと助ける側に回ってくれる。


もしも子どもを育てることになったら、迷わず安心感を渡し、その子どももまた大きなエネルギーを得るので楽に人を助けてくれる。


母がわが子を最優先することは、長い目で見ると、それがみんなのためになると思う。