生きているだけでいい。   大丈夫。

大好きだった父との時間をこれからもっと取り戻すはずだったのに、突然訪れた別れ。いつか、私の人生もなんとかなったよ、と空に向かって乾杯したい。その日まで続けたいブログです。

会話なんて下手でいいけど

自分の気持ちがしっかりなくて自信もないのでつい黙ってしまう。

言いかけても飲み込んでしまう。


それで、聞き役になって、同意してあげて、少しは話さないと変だと思われそうで、タイミングを待っている。

それは結構しんどい。


それまでの人生で、自己が確かなものになっていなかったり、自己主張の機会が少なかったり、もしくは今特別な状況にいたり。


そんな様々な事情がある人を、会話の上手な人は助けてくれたらいいのになぁ。


ここ数年、コミ障っていう言葉を聞くようになったけれど、話すことが苦手な障害という意味だろうか。


障害という言葉を使うのなら、周りが助けたらいいと思う。


障害というのは、人の生活しにくさを助けられていない社会の不備のこと、だと思ってきた。


せっかく誰かが、人の辛さの一つに名前をつけてくれたのだし、医師とか薬剤師とか特別な人じゃなくてもかなり力になれそうなんだから。


他の障害と同じく、悪口っぽく言わないで
是非助けてほしい。


思い返せば、あまりしゃべれない自分が会話の中にいる時、同じくしゃべれない人が気になって、どうせしゃべるならあの人を巻き込もう、と思ったものだった。

自分も余裕がないのに。下手なのに。


ちぐはぐでもなんとか話してみようと頑張ったり、時には温かく回してもらえてウッときたり。



でももう今は、話せても話せなくてもどうでもいいと思っている。


ほんとに。
会話なんてうまくなくていいから。

それより、どこかに心底わかり合える人は
いないかなぁと、まだ諦めきれずに生きて
いる。