生きているだけでいい。   大丈夫。

大好きだった父との時間をこれからもっと取り戻すはずだったのに、突然訪れた別れ。いつか、私の人生もなんとかなったよ、と空に向かって乾杯したい。その日まで続けたいブログです。

f:id:kannpai:20200803201155j:plain通勤電車は各駅に停まるので、扉が開くとだいたいは蝉の声が聞こえる。


駅だけではなく途中の所々でも。


今朝もすいている車内でぼーっと聞いていた。



いつも不安だった私はきっと、毎年8月の後半になると、蝉がもう鳴かなくなるんじゃないかと気にしていたと思う。


まだ大丈夫。たくさん鳴いてる。

よかった。まだ鳴いてる。


でも、いくら耳をすましても聞こえなくなる日は来てしまう。

昨日のが最後の1匹だったのかな。


家の中では聞こえなくなっても、外に出掛けるとまたその元気な声が聞こえてきて、ホッとした。



いなくなるもの、終わってしまうもの、そんなものを追いかけてばかり、思ってばかりの年月だったのだろうか。


いつまでも追いかけて、いつまでも後悔しているから、次にやって来ている大事なものに、またエネルギーを向けられなかったのでは。


その時々に精一杯相対したのなら、もうそれでよかったのに。


相対したのが本当の自分ではなくて、納得できなくても、もう、一つひとつ卒業して次に進むしかないのに。


今持っているエネルギーが少ないなら、なおのこと「今」に使うべきだった。



さっきまで鳴き声は聞こえていたのに、
ひとときの空白。

でもまた聞こえ始めることはわかってる。


梅雨が明けたばかりだからまだまだ大丈夫。


今を一生懸命生きるエネルギーを、近くで感じさせてもらってありがとう、としみじみ思う。