生きているだけでいい。   大丈夫。

大好きだった父との時間をこれからもっと取り戻すはずだったのに、突然訪れた別れ。いつか、私の人生もなんとかなったよ、と空に向かって乾杯したい。その日まで続けたいブログです。

この世界は自分の存在を祝福してくれている

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アンカーのランです。


仕事で多くのお母さんともお会いするので、色々なことを考えます。
もちろん想像の域は出られませんが。


昨日、一昨日、と書いていた3人の人は、実は「お母さん」のことのつもりでした。
なので書き直してみます。


主な養育者という意味なので、お父さんやおばあちゃんの場合などもあります。


人生全体に影響をもたらす可能性のある人ですね。



人の気持ちを想像する力が弱いお母さんは、子どもの感情をなぞってあげにくい。


そんなこと、改めて考えたりしないんじゃないでしょうか。

でも、実はとても大きなことなのですね。



痛かったね。嫌だね。悲しいね。


人の気持ちを想像する力が十分あってこそ、出てくる言葉なのですね。


子どもは、わかってもらって、しかもタイミングよく反応してもらえるから、感情が育つ、さらには「自分」が育つ、という話のつもりでした。



あなたはここにいて、こんな気持を持っていて、この世界に祝福されているよ。


これを人生の初めの頃に伝えてもらうと、どれほど世界が信じられるでしょう。



でも、それをもしも伝えられないお母さんだとしても、わざとじゃないのです。



本当はお母さんにしてほしかったこと。
でもしてもらえなかったなら、自分でなんとかするしかないです。



自分はこんな気持ちを持っていて、この世界は自分の存在を祝福してくれている。


誰かが手助けしてくれたらうまくいくかもしれません。


私はその手助けがしたいと思っています。