次男のLINEでも元気になれない
こんばんは。ランです。
今夜は一人でゆっくり過ごしています。やっぱり一人が一番ほっとします。
カルボナーラですら上手く作られへんわ
横、卵焼きみたいになってもうた
次男から家族LINEに、フライパン上で出来上がったカルボナーラの写真が入っていました。
それでももう今日は元気になれそうにないな…
可哀相な虫が多すぎるからです。
今日もいました。
暑すぎるせいでしょうか。
地上に出て来たものの大雨で鳴けず、それでも寿命は迫っているから短期間で精一杯命を輝かせるセミ。
例年にない圧倒的な蝉しぐれを浴びながら歩く日がやって来ました。
それ自体は嬉しいです。好きなので。
でも今朝は、捕まえたセミを透明のケースに入れて喜んでいる親子を見ました。
夏休みの思い出です。
私はさせなかったけれど。
可哀相なカナブンも見ました。朝にも昼にも。同じハンカチに包んで緑を探しました。
セミやカナブンやその他の虫たちの命を全うした姿はまだしも、道端で、まだ生きているのに、という姿に出会うと、そして動物たちのことを思いめぐらすと、もう人間である自分が嫌になってきます。
自分が生きていることが罪のような気がしてきます。
特に夏にはよく思う。
だから苦しみと一緒に生きているのでしょうか。
その方が動物たちに対する悲しみが紛れるから。