生きていていい。

いつか人生に乾杯できる日まで。

思い出作り

笑いは免疫力を上げるのに効果があるって
証明されてるらしいよ。

口角を上げるだけでも、笑ってるって脳が
勘違いするんだって。


少し年上の友だちが、以前メールをくれたのを思い出した。


脳が勘違いするなら、勘違いしてほしいことはたくさんある。


昔からいつも焦っている。

焦るのはきっと不安だから。

だから、ゆっくりお風呂に入れないし、ゆっくり歩けない。


つべこべ言わずに思い出作りに協力してよ、もう母さんには時間がないから、と心の中で子どもに言っている。


全体をゆったり見渡せないのは自覚できていて、でも仕方がないから目の前のことにしがみついている。


無理やり作った思い出も、脳が「楽しかった」と勘違いしてくれたら、それでいいと思うから。


あと何年か、何日か、そんなこと全然わからない。


私には、わるかったなぁと思わなくて済む思い出があんまりないから、早く作りたくて、それでいつも焦っている。

あなたは大事の写真

自分が中心に写っている写真を見れば、自分が大事にされていたことを感じるんじゃないかな。


笑ってる、こっちを見てる、頑張ってる、何かを見てる、そんな表情や姿を、誰かがじっと見つめてくれていた。


こんな服を選んで着せてくれたんだ。

手をつないで連れて行ってくれたのかな。

この時喜んでくれたんだろうな。

応援しながら撮ってくれたんだろうな。

どんな会話があったのかな。


カメラを向けたのが親ではなくても、だいたいは自分を知る人で、そこには温かい眼差し、喜び、あるいは心配、特別な思いがあったんじゃないかと思う。


もしかしたら今はもうその思いとは違うのかもしれない。

関係も変わっているかもしれない。


でもその時、色々大変なこともあっただろう日々の中で、その瞬間を写真に残そうとしてくれたのは間違いなさそう。


集合写真ではない、自分の写真。


様々な事情で写真なんてない人もいると思う。

もちろん、全然必要ない人もいるだろうし、本人が写真が嫌いだということもある。


私は写真をたくさん撮ってきて、悲しい思いもしているけれど、やっぱり写真には魅力を感じている。


撮ってあげたいなぁ。
望まれるなら。

もしかしたら人生のどこかで力をもらえるかもしれない、あなたは大事、の一枚。

持ちこたえてほしい

怒りはほとんど怒っている人の問題なのに

もっとこうしなさい
あなたが問題

と大人は子どもに言ってしまう。


私も何度も言ってしまった。

自分がダメだからだと思って生きるとどんな人生になるか、わかったのはその後だった。


もう手遅れかもしれない。

子どもはきっと、自分の問題だと考える癖がついている。

そして、このみんな余裕がない世の中を生きていく。


いつか、わるい条件が重なった時、持ちこたえてくれるだろうか。

あーほんとに、これは間違いなく私のせい。



嫌な気持ちは自分のもの。
大事にしてね。

楽になるためには、自分のもののまま、人に聴いてもらったらいいと思う。



人の嫌な気持ちはその人のもの。

できることはしてあげて。
でも自分のせいじゃない。


誰かに届くといいなと思う。子どもにも。

また優しくしてもらえた

またお弁当を買いにデパ地下に寄ってしまった。

いつになったら頑張って作るのか。


一昨日とても安くしてもらったお店の前を通ると、すでに3割引きになっている。


顔を覚えられているかな、と少し思ったけれど、歩き回る元気はなかった。


前と同じようなお弁当を手に取って会計を待っていると、横の人が私を見た。


上下色の違う、上等そうなおしゃれな洋服を着ておられるご年配の方。

側にカートがある。


透明のポーチにきれいに畳まれたレジ袋が何枚か。その一つを差し出されて

袋ある?
有料やで。

断りかけて、有り難く受け取った。


手作りらしい綺麗なレースのマスクを着けておられた。


大阪に行った時、こんな風に温かい声を掛けられたことは何度かあったけれど。


またこのお店。

また優しくしてもらえた。

私なんかにどうして?


マスクをしている私は、どんな目をしているんだろう。

怒りはその人の問題

人から怒りを向けられやすいのは、自分が
ダメだから。

イライラさせている。
嫌われている。

私もまだそう思ってしまう。


でも、怒りはほとんどが相手側の問題だと思う。

今はみんな余裕がない世の中だから、うまくいかないことがあると嫌な感情を人に向けてしまう、らしい。


余裕がなくても、向けない人は向けない。

自分の気持ちを大事にするのとは違う。



自分はこんなに頑張っているのに、の怒り。


本当に頑張っているのだと思う。

でも、ギリギリで生きている人もいるから、その怒りはそういう人には向けないでね。


追い詰められての怒りは、全然違うもの。

わかってくれる人が必ずいるから
発信し続けてね。

神さまは忙しい

神さまはサンタクロースと同じく、世界中の全員の所になんて行けなくて、味方したくてもできないことがあるらしい。


それは仕方がないと思う。

待っている人は果てしなく多いんだから。



ごめん、側に行けそうにない。
今回の人生は自力で何とかしといて。
無理なら、次を期待してね。

と神さまが申し訳なさそうにしている。



私は大人だから、我がままは言わない。

もっと困っている人、小さな子ども、その人たちを押しのけて私を先に、なんてお願いしない。


次の人生は、幼い時に優先順位上の方で側に来て下さい。


予約したら少しすっきりした。

大丈夫です

この間の在宅勤務だった日、就活中の次男が気分転換のためか、お昼食べに行けへん?と言ってきた。


1時間しかないけれど、自粛明けでまだお店すいているかも。


急に元気が出て先に別の用を済ませ、その近くのお店にいると、まさかの長男も一緒に二人で入ってきた。


長男も1ヶ月ほど在宅勤務中。

お昼休みは会社でも家でも寝ると言ってたし、私は嫌われてるはずなのに。

だから嬉しかった。


ランチメニューなのでとてもお得、スパゲティも、迷って頼んだプラス200円のデザートも、二人は大満足のよう。


私はスパゲティーを助けてもらい、デザートも頼まずコーヒーにしたけれど、二人のプリンやティラミスを見て思わず一口ずつもらった。

かなりの値打ちもの。とても美味しかった。



子どもと一緒にお店に行った時に初めて聞いたのかな。

何かを断る時の「大丈夫です」。


家で、何か要るかを聞いた答えに「大丈夫」と言われたのが先かもしれない。


それまで私は、いいです、とか、結構です、と答えていたけれど、柔らかいなぁと思ってお店で言うようになった。


初めは、若者言葉をおばさんが、と思われていないか気になったけれど、慣れてきた。


お箸はいりますか?
あ、大丈夫です。

(せっかく言って下さってるけど大丈夫
です、ありがとう)


一番初めに「大丈夫です」を使った人、
ありがとう。


広めてくれた人たちも、ありがとう。