生きているだけでいい。   大丈夫。

本当は大好きだった父との歳月を、これからもっと取り戻すはずだったのに、突然訪れた別れ。いつか、私の人生もなんとかなったよ、と空に向かって乾杯したい。その日まで続けたいブログです。

若い人抜きたいよね

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少し前に偶然観たテレビで、おそらく60代の男性が話していました。


ぼーっと観ていたのですが、その言葉でシャキッと身体が目覚めました。


若い人抜きたいよね。


55才でホノルルマラソン、60才前後で一番いい記録が出た、と。


でもその後、病気を得られ、しばらくお休みされるそうです。


一人になって自分の好きなものを改めて考えた、と話される30代の女性もいました。

離婚されたとのこと。



園芸専門店に来ている人たちを取材している番組でした。


一部しか観られませんでしたが、お花や緑への思いについても、きっと語られたのだと思います。


障害のあるお子さんにお花を選んでいるお母さんもいました。



植物の側にいると、味方でいてくれているように勝手に感じます。


時には自分の思いを託したりもできます。


植物って優しい。


若い人抜きたいよね、と言った方には、植物に助けられて戻って来てほしいです。マラソンのスタートラインに。


自分の好きなものを改めて考えた方には、植物を見つめて思い出したことを実現してほしいです。

好きなものと一緒の人生は幸せだと思う。


障害のあるお子さんが、お母さんの持ち帰ったお花を見てどんなに喜ばれたか。

その笑顔を見られるのは選ばれた人だけです。


植物ってほんとに優しい。


植物からもエネルギーをもらって、若い人抜きたいよね、と私も言いたいです。

イチロー選手も同じことを

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お昼休みにはいつも同じ席で昼食を食べています。


誰の席とは決まっていないし、日によって少しメンバーも違うのだけど、そこに座れています。


たぶんその席はあまりいい席ではないのでしょう。


でも、私はもうそこに数ヶ月座っているので居心地がいいです。


いつだったか、一度その席に他の人が先に座っていました。

そして実は今日も、でした。


そのくらい叶えてほしいな。
私の望みなんて少ないのだから。


そう思ったけれど、もちろん笑顔で別の席に座りました。



帰り道にお弁当を買うと、そこから家への近道があります。


でもやっぱり元に戻っていつもの道で帰る。


安心だからです。


いつもの席がいい。
いつもの道がいい。


今はそうしたい。


いつかまた、どこでもいいよ、と思えるまで、静かに同じことをさせてほしいのです。


なので私の場合は、今、エネルギーが足りないから同じこと、です。



イチロー選手がバッターボックスに入った時にしていたルーティンワークが好きです。


ユニフォームの袖を引っ張って、バットの先を相手のバックスクリーンへ向けていました。


もちろん、不安だからそれが楽だ、とか、エネルギーが足りないから、なはずはありません。


守りではなく、積極的な気持ちで同じこと、です。


自分の心身の不調や異常に気づきやすいから、普段の練習と同じ精神状態をつくり出せるから、と誰かが書いていました。


ちなみに、イチロー選手は、試合前の準備から食事、トレーニング、用具の手入れまで、入念にルーティンを続けていたそうです。


自分とイチロー選手を並べて書くなんて。
ほんとに厚かましいです。

暖かい上着があればよかった

f:id:kannpai:20201020195549j:plainアンカーのランです。


急に寒くなってとても心細くなります。

昨日は暖かい上着を用意していませんでした。


しかも、お昼から外勤だったので、時々しか乗らない電車、時々しか歩かない道、時々しか会わない人、でした。

それに、春夏と見てきた木が少し色づいていました。


きっと、色々合わさったから、余計に寒くて心細かったのです。


このままもっともっと心細くなるわけではないと思います。


まず、たぶん一年で一番好きな日、がやって来ます。それまでの我慢。


今年は12月21日です。


冬至」は一年で一番昼の時間が短い日。


なぜ一番好きかというと、もうそれ以上は短くならないからです。


翌日から昼の時間がどんどん長くなる。


太陽の力が強まっていくということで、「太陽が生まれ変わる日」と言われたりもするらしい。


もう、あとは大好きな季節に近づくだけです。


日の長い新緑の季節。

そして蝉時雨の夏。


あとで浜辺の焚き火に当たれるのがわかっているから、冷たい海でも泳げます。そんな気持ち。


でも、よく考えると、そんなに大変なことではなくて、やっぱり昨日の朝、気温に気づいて暖かい上着を用意していればよかっただけのような。


そうすれば、寒さなんてただの懐かしいものだったんじゃないかな。

そんな気もしてきます。

泣いてもいいよ

f:id:kannpai:20201019182227j:plainアンカーのランです。


片方の手をお母さんとつないだまま地面にひっくり返って、大泣きしている子どもを見ました。


何があったのでしょうか。


離れた所で何人かが見ていたので、一人くらいはお母さんの側にいた方がいいかと近寄りました。


お母さんはとても困っていて、遊びたかったみたいだと。

でももう夕方だから遊べないと思い込んで泣き始めた、まだ遊べるよ、の声はもう届かなかった、と。


そして黙って、泣き声と、泣きながら時々何か訴えている声を、聴いていました。


思い出しても私が泣きそうになります。


お母さんの泣きたい気持ち。それから、子どもの気持ち。


おそらくこのお母さんは、人が見ていなくても怒らずに同じ対応だったのでしょう。


泣いてもいいよ。
気持ちが切り換わるまで待つよ。


泣いたらだめ、なんて言わなかったと思います。



私は幼い頃から、泣いたらだめ、と自分に言い聞かせて大人になりました。


なので、子どもには言ってはいけない、とぼんやりとはわかっていたはずですが、実際どうだったのか。


泣いたらだめ、と言わなかったとしても、共感の言葉をかけてはいなかったと思う。

それで泣かなくなった?


子どもが泣いて私を困らせた、ということがあまりなかった気がするのです。


私はどんな言葉を掛けていたのでしょう。

動画で観られるとしたら本当に怖いです。

プロフェッショナル

f:id:kannpai:20201018172000j:plainアンカーのランです。


真実ってそんなに大事?
真実ってあるの?
そんな真実っているの?
賢い人が黙っている真実。


と話が広がっていましたが、今日は広がるというより横に向かいます。


賢くて努力家で優しい人たちへのリスペクトから繋がったワードです。


長男に、プロの定義って何かと聞いてみました。


お金もらってやってるっていうのもプロって言うやろな。


それだけじゃないっていうニュアンスです。


状況に関わらず相手の期待を超える成果を出そうとする。

相手の人生に感動を与えられるほど専門性を極めている。


こんなふうに説明してくれている人もいました。


科学者さんとか頭のいい人もカッコいいけれど、プロもカッコよすぎます。


長男がたぶん冗談で、オレ将来「プロフェッショナル」か「情熱大陸」に出るわ、と言いました。


そんな予定があるなら何がなんでも生きててやるぞと思います。


ダメな母親をもった息子が自力で幸せをたぐり寄せた。


そんなテロップが流れても全然構わないです。


それでも息子は、母親がくれたものを探す。


番組の最後にこう流れるのは、やっぱり虫が良すぎるかな。


テロップを考える自分に呆れました。

そんな真実いるでしょうか

f:id:kannpai:20201017174422j:plainアンカーのランです。


もしかして今している努力は、本当は無駄なことかもしれない、と思うことがあります。


最高にラッキーだったと記憶にある出来事は、実はみんなが選んだ後の残りものだったかも。


自分が目標としている人は、秘かに全く別の道を歩み始めているってこともある。


もしも出会っていたら人生を見事に好転させてくれる人と、さっき駅ですれ違ったかもしれない。



未来には、別の角度からは、真実が見えています。


でも、そんな真実、いるでしょうか。


今回も話は広がります。
(倒れないように自転車を漕ぎ続けて来て、ちょっと疲れています)


実は、科学者とか頭のいい人が黙っていることって、たくさんあるんじゃないの?


知らない方がいい真実。


科学者さんとか頭のいい人は、私の想像以上に優しいんじゃないか、と思ったりもするのです。


だから、オルダス・ハクスリーさんの「すばらしい新世界」や、カズオ・イシグロさんの「わたしを離さないで」にあるようなことは起こり得ない、と思っています。


賢くて努力家で優しい人たちは、自分には能力があるし努力してきた、だから自分だけが幸せになれたらいい、なんて思っていません。


きっとみんなの幸せを考えてくれていると信じています。


みんなが知らない方がいい真実は黙っていて、ここぞという時は助けてくれるのです。

本当にカッコいいな。

意外と逃亡癖がありました

f:id:kannpai:20201016175131j:plainアンカーのランです。


ずっと一緒にいて仲良しだった、というわけではなくて、思うようには一緒にいられなかった父です。

事情がありました。


こんなに父の顔が浮かび声が聞こえると、どこからが現実でどこからが願望なのかわからなくなってきます。

春からずっとそうなのかもしれません。


本当にわからなくなればよかった。
詳しく知らなければよかった。
そしたらもっと楽だったのに。


真実ってそんなに大事なの?


ここで話が広がっていきます。
(逃亡癖なのかも。苦しい時の)


父のことから離れていきます。


だって、真実よりも「幸せ」の方が大事だと思えて仕方ないのです。


一番みんなが幸せになるあたりで、よし、これを真実にしよう、じゃだめ?


話はもっと広がっていきます。
(逃げていると悲しみも薄らぎます)


そもそも真実って本当にあるの?


ここで気付きました。
これ、前にも考えたことがある。


繰ってみると、164日前の記事にニーチェの言葉を書いていました。


その日のアクセスはたぶんゼロ。
読んで下さる方が増えて本当に有り難いです。


『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである。』(ニーチェ


ここで話はさらに広がります。
(まるで時間稼ぎです)


真実と事実の違いって何?


調べると、事実は実際に起きた事柄、真実はその事柄に対して人の解釈が入る、ということでした。 


このニーチェの言葉が正しく訳されたものなら、事実でも真実でも解釈を変えられることになります。


嬉しいような、訳がわからなくなったような。


でも私は、ニーチェさんが、幸せというものを見据えて発言してくれた、と解釈しています。


逃げるのもあり。
解釈を変えるのもあり、です。