生きているだけでいい。   大丈夫。

大好きだった父との時間をこれからもっと取り戻すはずだったのに、突然訪れた別れ。いつか、私の人生もなんとかなったよ、と空に向かって乾杯したい。その日まで続けたいブログです。

やっぱり一番望んでいるのは共感なんだと思う

アンカーのランです。

 

休みの日に何もする気になれずぼんやりしていると、昨日みたいに自分の人生の最後を考えることが多いですね。

 

あと1ヶ月しか生きられないとしたら何がしたいんだろう、とか。

 

したいことがなかなか思いつかなくて困るのですが。

 

でも、誰かに助けてもらうのもありですね。

 

だって人生の最後なのだから、甘えたって許されます。

 

そんな場合なら、相手も負担に感じないだろうから大丈夫。

 

 

何年か前に読んだ、カズオ・イシグロさんの「日の名残り」をなぜか急に思い出しました。

 

あの本の中でずっと静かに「品格」というものを教えてくれた執事のスティーブンス。

 

あんな人が側にいてくれたらどんなにいいでしょう。

 

スマートな運転でどこにでも連れて行ってくれるとか、何を尋ねても的確な答えをくれるとか、まるで自分がすごくわがままになった気もしますが、一番望んでいるのはそういうことではないのですね。

 

やっぱり一番望んでいるのは共感なんだと思います。

 

答えを求めてなんていません。

 

 

精一杯やったけどうまくいかなかった…

 

私の能力ではここまでだったのかな…

 

そんな寂しさや悲しさに共感してもらえたら、それで充分。

 

深く共感してもらえたら、もしかしたら残りの1ヶ月でしたいことが思い浮かぶのかもしれません。

 

何より共感力のとても高いスティーブンスみたいな人は、私自身よりも私の希望に気づいてくれるのかもしれません。

 

人生があと1ヶ月で終わるとしたら。

 

でも、私の人生に誰かに共感してもらえたら、もうそれで充分。本当にそれで充分です。

 

それ以上の希望なんて、たぶんないと思います。

 

それさえもスティーブンスなら理解してくれるのかもしれない。

 

日の名残り」をもう一度読みたくなりました。